August 26, 2008

勝敗を左右するもの

Orinnpiku

8月8日に開会した北京オリンピックが、早いもので24日に閉会しました。

活躍した人、期待に応えられなかった選手、それぞれでした。
私も運動部だった経験から、ちょっぴり試合の緊張感、重圧、怖さが分かります。

私の大学生時代は、学校よりもテニスコートにいた時間の方がずっと長かったものです。
私の所属クラブは、俗にいう「体育会」です。
服装は上が学生服、下はグレーのズボン、試合には「上下学生服」と決まっていました。

夏、この時期は10日間の遠征合宿と、同じく10日間ホームコートでの合宿がありました。
炎天下、ふらふらの極限状態で練習していました。
これは全て、春のリーグ戦(団体戦)の為のものです。
1年に1度のリーグ戦で優勝する為に、夏場の苦しい練習があるのです。

私が主将を務めていた時のリーグ戦は、幸いにも全勝優勝しました。
上の部との入れ替え戦にも勝って、最高の結果となりました。

でも、リーグ戦初戦が近づくにつれてプレッシャーが私に襲い掛かってきました。
他校とのオープン戦の結果など、当校は下馬評が高かったので、「勝たなくてはいけない」とプレッシャーを感じていました。

初戦前夜、私は重圧と緊張で寝られませんでした。
夜中ずっとラケットで素振りをしていました。

これでずいぶん気持が落ち着きました。

リーグ戦期間中は部員全員が合宿所に入っています。
入れ替え戦を含めると1ヶ月を超えます。
極寒の2月末から、桜咲き散る4月初旬迄です。

合宿所は元兵舎、後に校舎、以後合宿所という古い建物で、暖房器具などありませんから、最初の2日ぐらいは寒くて寝られません。
合宿中私は髭を伸ばし始め、全員をリーグ戦優勝に向かって叱咤激励している「鬼のような姿をしていた」と、何年か後のOB会で後輩から言われました。

今の私を知っている方は、多分想像出来ないかもしれません。
今はどこにでもいるただのおじさんです。

私のキャプテン時代、良い成績を残しましたが、それよりもっと嬉しかったのが、私が指導した下級生がその後も優勝を続けたことでした。

私はコートにいるとき、部員には厳しく接してきました。
厳しくするためには、私が一番強くなければいけません。

つまり、部内では負けてはいけないのです。
勝負事で「負けなければ勝つ」というのは当たり前のことです。

私が新人の頃、ボールは強く打つもの、サービスはスピードと、「剛のテニス」に拘っていました。
上には上がいるもので、対外試合ではことごとく打ち負かされてしまいました。

私の過去の体験とオリンピックに出る選手とは、次元の大きく違うものですが、チームとして全力を出し、一体感となる経験を積んだ者は、「勝利という結果がご褒美として貰える喜びは、至上のものだ」と、改めて思い起こしたオリンピックでした。

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